伊勢神宮の石灯籠が落下した事故について思う

 4月14日に神宮(伊勢神宮)の内宮と外宮を結ぶ道路脇の石灯籠にバスが接触して、80代男性の人が死亡するという事故がありました。

 内宮と外宮を結ぶ道は三本あります。一番古いのは「古市街道」とも呼ばれる旧街道です。外宮から進むと古市という集落を通過し、猿田彦神社の西に出てきます。昔ながらの道で狭いため、車で通ることはほとんどありません。ただ、神社ブームの影響か、最近は歩いていく人も出てきているようです。徒歩で一時間くらいでしょうか。
 反対に最も新しいのは昭和に出来た「御木本道路」で、内宮と外宮を結ぶ最短の道になります。道幅も広く、伊勢自動車道伊勢西インターチェンジの出入口があります。車で移動するならこの道を利用するのが便利です。名前の由来は真珠王御木本
幸吉氏がお金を出したから、ということです。
 最後の一つが「御幸(みゆき)道路」と呼ばれる道で明治にできました。神宮徴古館と皇學館大学の間を抜け、近鉄五十鈴川駅の横を通り、内宮へと到達します。石灯籠がたくさん並んでいるのはこの御幸道路沿いです。

 私がこの事故を知った時に少し不思議に思いました。御幸道路は片側一車線だけどそんなに狭いわけでもなく、プロのバス運転手がそんな事故を起こすというのは普通考えられず、何かよほどのものが対向車線に止まっていたのかな、ということです。それから、あの道はそんなに人がたくさん歩いているわけでもないのに、その瞬間にたまたま人がいたというのは運の悪いことがあったものだなあ、と感じたのです。しかし、その疑問は続報記事を見て解消しました。

伊勢神宮周辺の石灯籠、バス接触で落下 直撃の男性死亡(朝日新聞)

 どうやら観光客の人が灯籠を見ていたところ、たまたま通りがかった地元の人である80代男性がわざわざ説明をしてくれていた。そこに路線バスがやってきて、バス停の少し向こうに人がいるので乗る人ではないかと思って近づいたら灯籠に接触した、ということです。
 運転手のミスですが、親切でいつもと違うことをやってしまったのも要因の一つでしょう。そんな所に用もなく人がいるはずがないと思いこみがあってもおかしくはありません。亡くなられた男性もわざわざ説明してくれる親切な人ですので、本当に残念な事故です。

 さて、御幸道路に立ち並ぶ石灯籠群ですが、特に神宮徴古館と皇學館大学の間は両側は大きな木が並んで森のようになっていて非常によい雰囲気を作り出しています。神都伊勢に来たと感じられて、灯籠は強く印象に残ります。実はこれらの灯籠は伊勢神宮と関係ありませんと聞くと、みんな驚きます。神宮の所有物と思っても不思議ではありませんが、昭和に民間団体が建てたものです。

伊勢参道の石灯籠は「不法設置状態」 半世紀“放置”の県など対応協議へ(産経新聞)

 2013年の記事ですが、「伊勢三宮奉賛献灯会」という民間団体が建てたという経緯が少し載っています。民間団体といっても、知事も名前を載せて、有力政治家も寄進したというのですから、相当の団体で、当時結構な盛り上がりを見せたのでしょう。しかし、何年も前から建てた団体が解散していて所有者不明で、石灯籠には倒壊の危険性があるが、行政側もどうしていいのか困っている、というニュースは何度も見ました。他の地域で大きな地震があった後などにはやはり「もしあの灯籠が倒れたら」という話が出てきます。
 今回の事故を受けて、三重県もすべて撤去する方向で進むようです。本来は建てた人々がその費用も負担すべきでしょうが、大半の人が幽冥に赴かれているでしょうから、難しいところです。結局は税金を投入するということになります。

 神宮に奉賛したいという気持ちで灯籠に寄進されたのでしょうが、それなら神宮に直接寄進した方がよいと私は思います。もっとも、灯籠に寄進されるような人は別途直接の寄進をすでにしていた人が多いのかもしれませんが。
 それ以上に何かしたい。特に形に残るものになる、そして、そこに自分の名を刻める、というのは大きな動機だったでしょう。ただ、将来どうなるかまではわからなかったということです。石だから永久とは言わなくてもしばらくは残るだろう、と考えていたのかもしれません。
 その他の神社においても、お金ではなくて、物で寄進したいという人は少なくありません。気持ちはわかるのですが、いろいろと考えると、やはりお金を納めるというのが一番良いと思います。そのお金を元にまた神さまに喜んでいただくことが様々な形で出来るからです。

 余談ですが、この灯籠になぜかダビデの星が刻まれており、これを元に伊勢神宮とユダヤの関係とか想像を膨らませる人もいるようです。ただ、前述の通り神宮の所有物ではありません。建てた団体の誰かの意見が通ったのでしょう。よくわからないことが世の中にはありますね。